と、よく耳にする。自分の仕事の大きな課題でもある。
だが、「再生」しうる地域コミュニティとは、そもそも本当に存在していたのだろうか?
東京近郊で35年間を過ごした自分の経験から言うならば、
標題のようなスローガンを叫ぶ人たちが想定する「地域コミュニティ」など、
私が暮らした地域には元から存在していなかった。
「再生」という単語は、誤解と錯覚を生む。
「昔はよかった」式の語りに絡め取られ、新しい発想の芽を摘み、古い世代の価値観が押し付けられてしまう。
実際に、そのような息苦しさが活動の端々に見え隠れすることが、若い世代の地域自主活動への参加を阻害している状況を多く見てきた。
地域コミュニティは「再生」させるものではなく、「創造」するものなのではないだろうか。
そこで暮らす人々が、時間とお金とマンパワーとを割いて、継続的に創り上げていくのが地域のコミュニティであり、そういったコンセンサスを住民の全てが持つ必要がある。
地域のよい環境を保つためのコストを、地域の全員が拠出し、まちづくりに参画して、支払ったコスト以上のベネフィットを生むための仕組みを構想し創り上げていく、いわば地域経営的な観点が、現在の私たちに求められているのではないか。
しかし、現状の「地域コミュニティの再生」が目指しているのは、一言で言えば「行政コストの削減」でしかないように思われる。そのために、どうしても自治体の仕組みを縮小再生産したような活動が主となっている現状がある。
もちろん、現在の経済状況を考えれば必要なことではあるが、地域が行政のコストを肩代わりすることのトレードオフとして、地域への権限移譲も当然されてしかるべきだと思うし、「地域教育会議」などの試みはエンパワメントの一例だろう。
これからの課題は、地域住民がコストを負担することでどのようなベネフィットを生み出せるかもう一度ゼロベースから考え仕組みづくりをしていくことと、エンパワメントの流れを地域全体に浸透させることだと思う。そのことを少し大袈裟に(しかし本気で)言うならば、日本にほんとうの意味での「市民社会」を創り、個人に市民としての自覚を根付かせていくことだといえるのではないだろうか。
最近考えていることをまとめてみた。これからも引き続き考える。